ぼちぼちおうち生活

浅く薄く移ろいゆく趣味と住居の覚え書き。

壁がうすい家

ずっと前に住んでいた家でのことだ。

当時私はとても体調が悪くて、娘を幼稚園バスに乗せて必要最小限以下の家事をしたあとは、ずっと伏せっているような生活をしていた。

その日も私はぐったり布団に横になり、時々うとうとしている状態だった。横になっているのはダイニング兼リビングの居間とつながった和室。リビングに足を向けて、頭は隣の家と分けている壁に向く。

となりの家は我が家と全く同じ間取りで、壁の向こうは隣人宅のダイニング兼リビングである。鉄筋コンクリート造りで築浅の集合住宅だったのだが、その家はとなりの家との間を仕切る壁がとても薄くて、どうかすると話の内容まで聞こえてしまう程だった。夜遅く隣人宅で飲み会を催されると、深夜まで音が筒抜けで何とかならないものかと思ったものだ。

うとうとしていたら、

隣からお経をあげる声が聞こえてきた。

低くてひびきのいい男の人の声だ。

となりのおじさん良い声してたもんなあ。

一回しか話したことないけど。

今日お休みなんだね。

そうか-、お経あげるとこんな声になるんだ。

この壁のうら側に仏壇がおいてあるんだな。

などと思いながら聞いていた。

これは観音経だろうか。

はっきりと言葉はききとれないけれど、

抑揚が南無阿弥陀仏ではないし

般若心経だけだと終わってしまう長さだし・・・。

あら、チーンって、ちゃんとお鈴もあるんだ。

ちゃんとそろえてるんだな。

初めて聞いたけど。

・・・・まだ続くんだ・・・。

あれ?

木魚の音がする。

・・・木魚だ。いいなあ。

ふとここでこれは夢じゃないのかと思った。

目が覚めて終わってしまうのは惜しいけど、

そっと目を開けて静かに寝返りをうってみた。

音は続いている。

押し入れのふすまをながめながら聞いていると、

こころなしか音が大きく鮮明になってきた気がする。

真後ろの壁の裏側ではなく、少しそちらがわに寄せてあるんだろうか。

いったいどんなレイアウトなのか。

・・・木魚いい音するなぁ。

・・・仏壇ないけど欲しいな木魚。

・・・楽器やさんじゃなくて仏具やさんかな。

・・・木魚あるなんてすごいな。

ぼーっと聞いていたらお線香の香りがしてきた。

最初はごく弱く、だんだんくっきりと。

これは・・・白檀か沈香か。

あんまり煙っぽくない・・・。

いい香り・・・

ちょっと待て。

いくら壁が薄いと言ったって、ベニヤ板じゃないんだよ?鉄筋でコンクリートだよ? (うすいけど)

匂いまで来るわけないじゃん!!

ガバッと身を起こして後ろを振り向いた。

壁にひび割れなど無い。

窓もぴったり閉まってる。

音も匂いも、その瞬間に消え去った。