「もの食う人びと」
これから早急に学校に持たせるお弁当をつくらねばならないという朝一番に、ふと思い出し、どうしても気になって本棚からひっぱり出してしまった。引っ越しのたびに本棚は大幅に見直して新陳代謝させているが、この本を捨てるわけがないと思ってさぐると、文庫本の奥の列から発掘された。
大忙しの早朝に開いたのは4章の「禁断の森」。
この本は辺見庸というルポライターによる食をめぐるルポルタージュで、
「禁断の森」というのはチェルノブイリの石棺周辺の食事事情についての項目である。
92年末~94年3月にかけて書かれたものだ。
石棺の500メートルほどの距離に建っている職員食堂や、立ち入り禁止の30キロ圏の村に戻ってきて住むおばあちゃんの手料理、20キロ圏内の村の様子が描かれる。
買って初めて読んだ当時は衝撃的な内容だと思って読んだはずなのだが、
なんなんだろう。この感覚は。
著者は放射線測定器を持参しており、あちらこちらで測定してみる。
ちなみにこんなかんじ。
「食後に、食堂前の路上でそっと測定器に目をやった。1.0マイクロシーベルト(1時間あたり)の値が出ている。東京の十数倍である。」 (禁断の森 P.265より抜粋)
ちなみにこの食堂というのは原発の職員食堂。
私はてっきり、チェルノブイリ原発は事故を起こして石棺で閉じこめてすべて廃止になったものとばかり思っていたが、事故を起こした4号機のみ石棺にして、他は運転継続していたのだそうだ。
不安と危険を感じる著者と、「だいじょうぶ」と言って暮らす人たちの日常。
今、外国の人たちが日本人に対して感じる感覚は、おそらくまるっきり著者の感じるそれだろう。
暮らしている人たちからみると、少し大仰で神経質にも見える。
「放射能ったって年寄りにゃ関係ないって話だし」、と村のおばあさんが言うが、そっくり同じセリフを実家の母が言っていた。
こんな言い方をしたら不謹慎なのだが、今この章を読むと現状に対するなにかのパロディのようだ。これが書かれた頃からずいぶん遠くに来た気がするし、じわじわと現状に慣れていく自分をあの頃の目で見るとこんなふうなんだなと思った。
昔読んだ時はすごい行動力の突撃レポだと思った。
今は飽食平和ボケ日本の好奇心いっぱいの若者だなと感じる。
時代は変わり、私は年をとった。
- 作者: 辺見 庸
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1997/06
- メディア: 文庫